狂人3


 「狂った話だわ」

 
 どこからか声が聞こえる。女の声に俺は我に返った。
 
 
 
 
「あなたもあなたね・・・。自分でそのことに気がつかないなんて」
 
 きょろきょろと辺りを見回す。
 どうやら、部屋の隅にあった鉄製の牢の中からだった。血の足跡を残しながら牢に近づく。
 
「どうして? ――あなたはどうしてこんな人になってしまったの?」
 
 ―――そういえば、王に囚われた姫がいたんだった。
 
 綺麗な顔をしていた。が、薄汚れた白い服に身を包み、金の綺麗な長い髪もくすんだ色になっている。透き通っていただろう肌も灰色っぽくなり、無表情だった。
 
 まるで汚れた人形だ。
 
 姫は鉄格子を両手でつかんで、俺に語りかける。
 
「あなたは気づいていないの?」
 何のことだ。
「自分のしたことよ・・・」
 何を悲しんでいるんだ。俺がお前を助けてやったんだぜ? そんな顔しなくてもいいだろ?
「本当に気づいていないのね・・・。哀れな人・・・」
 意味わかんねぇ。俺が何したんだって言うんだよ?
 
 俺は姫の言葉に歯ぎしりする。普通喜ぶはずだ。
 
「・・・教えてあげるわ。でもいいの? あなたはこれを聞いたら"壊れる"わよ? 」
 
―――どういうことだ? 俺は国を救ったのに"壊れる"って・・・・。
 
 別に俺は何もしちゃいないぜ? 国を救っただけだ。
 姫は目を伏せ、少し躊躇ったようだがやがて口を開いた。
 
「国を恐怖におとしいれたのは―――あなたよ」
 ・・・・・は。
 
 俺は姫の言った言葉が理解できなかった。国を恐怖させたのは俺が今、殺した王だ。話が食いちがっている。
 
 どういう意味だよ。俺に喧嘩売ってんのか?
「・・・いいえ。やっぱり分かっていないようね・・・」
 
 姫はとても悲しそうな顔をした。感情のない奴だと思ったが、どうやらそうでないらしい。
 
「じゃあ、あなたに質問をするわ。あなたはそれに答えて」
 あ、あぁ。
「あなたの仲間はどこに行ったの?」
 それを聞いて俺は不覚にも笑ってしまった。
 はははっ!! 簡単な質問じゃないか!! 仲間ならそこに・・・・・。
 
 俺はさっき仲間をおいてきた場所を指さす。
 
「どこにいるの?」
 な、何でだよ!!
 
 ―――いなかった。
 
 俺の人差し指の向こうには、仲間は誰1人としていなかった。
 
 ―――な、何で・・・・。
 
「まぁ、いいわ・・・。じゃあそこにいる人達は誰?」
 
 姫は床に転がっている死体を指さす。
 
 そ、そんなの王の手下だろう。俺が倒したの見なかったのか?
「ちゃんと見てみて」
 
 ―――うるさい女だな。手下だったから殺したんだろ。
 
 俺は足で身近にあった男の骸を転がした。青白い顔が天井を向く。
 
 ―――う、嘘だろ・・・・。
 
「見覚えのある顔じゃない?」
 
 その男は俺の仲間の1人だった。
 しかし、腹をかっ斬られ白目をむいている。生気がない瞳は、俺のことを見ているようだった。
 
 俺は怖くなって、部屋で倒れていた骸の顔を全て見た。
 
「どう? 全員あなたの仲間だった人じゃない?」
 
 確かに全員見たことがある仲間だった。
 
 王の手下が何人かいて、俺が戦っている間、仲間を殺したのか?
「いいえ。全てあなたがやったことよ?」
 俺が・・・・・仲間を・・・? そ、そんな訳ないだろ!!!
「まぁ、この質問はこれで終わり。その仲間の名前、全員言える?」
 当たり前だ!! えっとコイツは・・・・・コイツは・・・・
「どうしたの? 早く教えて」
 うるさい!! 名前・・・名前・・・・
「知らなかったんじゃない?」
 ・・・・・?
「あなたは仲間の名前も知らずに、ここに来たんじゃないの?」
 ・・・・・・。
 
 ―――確かに、名前が分からない。誰1人――。
 
「そう、あなたは仲間のことも知らずにここまで来た。
 ――いいえ。あなたはすでにここに来ているわ」
 あぁ、1度だけ来たことがある。確か・・・・そこに転がっている王が任命された時だ。俺たち国民は城に1回集まった。それがどうした?
「その後1度は来ているはずよ」
 俺はその1度しかここへ来たことがない。何を言っている。
 
「あなた、家族を王に殺されたの?」
 姫は何故だか呆れているようだった。
 今更何を言っているんだ!! だから王を倒しに来たんだろ!!?
「ふーん。随分都合のいいようになっているのね、あなたの脳みそは」
 ・・・・?
 
「教えてあげる。あなたは今より前にここに訪れた。自分自身の罪を他人になすりつける為に」